
期限付きの妻、期限のない想い
By 桜井 美咲
romance · 2026-04-23
楓は智也との契約結婚に同意し、軽井沢の別荘へ。そこには高宮家の秘密が隠されていた。智也の狂気と血濡れたナイフを目撃した楓は、契約結婚の危険を悟る。
第1章
期限付きの妻、期限のない想い
雨音が、まるで私の心臓の音のように響く。軽井沢の古い別荘、窓ガラスを叩きつける雨粒が、止むことを知らない焦燥感を煽る。
「…楓さん、準備はよろしいですか?」
背後から聞こえたのは、冷静な、しかしどこか冷たい智也の声。ミカド・テクノロジーズの若き後継者、私の婚約者。そして、契約結婚の相手。
振り返ると、智也は漆黒のスーツに身を包み、感情の読めない瞳で私を見下ろしていた。彼の顔立ちは整いすぎている。まるで能面のように、完璧で、そしてどこか人間味がない。
「ええ、大丈夫よ」
平静を装い、私は微笑み返した。白いワンピースが、今の私の立場を象徴しているかのようだ。純粋を演じなければならない、偽りの花嫁。
私たちの契約は単純だ。一年間、夫婦として振る舞う。智也はミカド・テクノロジーズの株主たちを納得させるために、体裁の良い妻が必要だった。私は…私は、家族の借金のために、それを受け入れた。
「軽井沢の別荘に来るのは初めてね」
私は話を逸らすように、窓の外の雨景色に目をやった。深い緑に覆われた山々が、雨に煙っている。この別荘には、高宮家の、そして智也自身の秘密が隠されているという。
「父がよく利用していた場所だ。静かで、誰にも邪魔されない」
智也の声は依然として無機質だった。彼は私を愛していない。愛するはずもない。これはビジネス。ただの契約。
「…ここで、何をするの?」
私は震える声で尋ねた。胸騒ぎが止まらない。この場所には、何か不吉なものが漂っている。
智也はゆっくりと私に近づき、私の頬に冷たい指を添えた。
「楓さん。君には、私の『秘密』を守ってもらう」
彼の瞳が、一瞬、狂気の色を帯びたように見えた。私は息を呑む。この契約結婚には、想像以上の危険が潜んでいる。
その時、別荘の奥から、けたたましいアラーム音が鳴り響いた。智也の表情が変わり、彼は私から手を離し、音の発生源へと駆け出した。
「…何が起こったの?」
私は一人、取り残された部屋で、震えながら呟いた。雨音だけが、私の不安を増幅させる。
そして、次の瞬間、私は見た。智也が戻ってきた。彼の手に握られていたのは、血に濡れたナイフだった。
「…楓さん、君は…見てはいけないものを、見てしまった」
智也の瞳には、先程よりも濃い狂気が宿っていた。私は恐怖で足が竦み、一歩も動けなかった。この契約結婚は、私の命を奪うことになるのかもしれない。