
乙女ゲームの悪役に転生したけど、推しを幸せにしたい
By 桜井 美咲
romance · 2026-04-23
アデリーナは婚約者の王子に糾弾され、反逆罪で投獄される。冤罪だと訴えるも聞き入れられず、リリアーナに陥れられたことを知る。牢で暗殺されそうになるが、謎の力に守られ、首に蜜柑が現れる。
第1章
乙女ゲームの悪役に転生したけど、推しを幸せにしたい
「……嘘でしょう?」
豪華絢爛な舞踏会の喧騒が、遠くで霞んで聞こえる。目の前で繰り広げられる光景が、あまりにも信じられなかった。婚約者である第一王子、シリウス様が、侯爵令嬢のリリアーナの手を取り、私、アデリーナ・フォン・ヴァイスベルクを糾弾している。
「アデリーナ、貴女の悪行の数々、最早看過できません! リリアーナ嬢に対する陰湿な嫌がらせ、学園での不正行為……許されるものではない!」
シリウス様の声は、普段の優しい響きとは似ても似つかないほど冷酷だ。会場に集まった貴族たちの視線が、一斉に私に突き刺さる。ざわめきが、まるで嵐の前の静けさのように、不気味に響き渡った。
私が、悪行? リリアーナ嬢への嫌がらせ?
頭の中に、前世の記憶が鮮明に蘇る。私がプレイしていた乙女ゲーム『ロイヤル・キス』。そのゲームに登場する悪役令嬢、アデリーナ・フォン・ヴァイスベルクこそ、今の私なのだと。
(まさか……これが、破滅エンド?)
ゲームのシナリオ通りならば、アデリーナは主人公のリリアーナに嫉妬し、あらゆる手を使って彼女を陥れようとする。しかし、最後はシリウス王子に見抜かれ、婚約破棄の上、国外追放という悲惨な結末を迎えるのだ。
しかし、私は違う。私はゲームの知識があるからこそ、アデリーナのような愚かな真似はしなかった。リリアーナ嬢にも、他の攻略対象者にも、できる限り関わらないようにしてきたはずだ。
それなのに、なぜ?
「弁解は無駄です、アデリーナ。貴女の罪は明白。ヴァイスベルク公爵家には、相応の罰を与えなければなりません!」
シリウス様の言葉に、会場の貴族たちが一斉に頷く。父であるヴァイスベルク公爵の顔色が、見る見るうちに青ざめていくのがわかった。私のせいで、父まで……。
「待ってください、シリウス様!」
思わず声を上げた。しかし、私の声は、まるで風前の灯のように、騒がしい会場に飲み込まれていく。「私は、何もしていません! リリアーナ嬢を陥れたり、不正を働いたりした覚えは、一切ありません!」
必死の弁明もむなしく、シリウス様の目は、冷たく私を見下ろしているだけだ。その瞳には、かつて私に向けられていた優しい光は、微塵も感じられない。
「もう良いでしょう、アデリーナ。これ以上醜態を晒すのは、おやめなさい」
シリウス様は、リリアーナの手を強く握りしめ、私に背を向けた。「アデリーナ・フォン・ヴァイスベルク。ここに、貴女との婚約を破棄する。そして、ヴァイスベルク公爵家には、王家への反逆罪を問う!」
会場全体が、どよめきに包まれた。婚約破棄だけではなく、反逆罪まで? それは、ヴァイスベルク家が、国の敵として扱われることを意味する。
目の前が真っ暗になった。ゲームの知識があっても、運命は変えられないのか? 絶望に打ちひしがれる私に、リリアーナ嬢が近づいてきた。
「アデリーナ様……」
彼女の声は、ゲームの中の可愛らしい声とは異なり、どこか勝ち誇ったような響きを含んでいた。「残念でしたね。でも、これはあなたの自業自得ですわ」
リリアーナ嬢は、私の耳元で、囁くように言った。「だって、私が全部仕組んだんですもの」
その瞬間、私の足元が崩れ落ちるような感覚に襲われた。リリアーナ嬢が、私を陥れた? 一体、どういうこと?
理解が追いつかないまま、私は、兵士たちに取り押さえられ、連行されていく。最後に見たのは、勝利に満ち溢れたリリアーナ嬢の笑顔と、絶望に染まった父の顔だった。
連れてこられたのは、城の地下牢だった。冷たい石壁に囲まれた暗い空間。光はほとんど差し込まず、湿った空気とカビの臭いが鼻をつく。
「……一体、何が起こっているの?」
独り呟いても、答えはない。ただ、冷たい絶望が、私の心を蝕んでいくばかりだ。私は本当に、何もしていない。それなのに、なぜこんな目に……。
(リリアーナ嬢が仕組んだ、ということは……?)
何か、決定的な証拠があるはずだ。彼女が私を陥れるために使った、証拠が。それを暴き出せば、まだ、状況を覆せるかもしれない。
しかし、今の私には、何もできない。手も足も縛られ、ただ、この暗闇の中で、時が過ぎるのを待つしかないのだ。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。牢の奥から、重々しい足音が聞こえてきた。ゆっくりと近づいてくる足音に、私は身を固くする。
一体、誰が来るのだろうか? シリウス様? それとも、リリアーナ嬢?
鉄格子の扉が、軋む音を立てて開かれた。そして、現れたのは——見知らぬ男だった。漆黒の髪に、鋭い眼光。どこか人を寄せ付けない雰囲気をまとっている。
「アデリーナ・フォン・ヴァイスベルク……貴女が、そうですね」
男は、冷たい声で私に問いかけた。「面白い。噂通りの、悪役令嬢、といったところか」
「あなたは……?」
震える声で尋ねる私に、男はニヤリと笑った。「私は、この国の……掃除屋、とでも言っておきましょうか」
男は、懐から小さなナイフを取り出した。その刃先が、薄暗い牢の中で、不気味に光を反射している。「さて、アデリーナ嬢。貴女には、死んでいただきます」
その言葉と同時に、男はナイフを振り上げた。私は、目を閉じた。
(……終わり、なのかしら)
しかし、いつまで経っても、痛みは訪れない。恐る恐る目を開けると、男は、信じられないものを見た、という表情で、私を見下ろしていた。
男のナイフが、私の首のすぐ手前で、止まっている。まるで、透明な壁に阻まれたかのように。
「……な、なんだこれは……?」
男は、必死にナイフを押し込もうとするが、まるで、何かに抵抗されているかのように、刃は一向に進まない。
その時、私の意識の中に、何かが流れ込んできた。暖かく、優しい光のようなもの。そして、聞こえてきたのは——
『アデリーナ……可哀想な、アデリーナ……私が、守ってあげる……』
その声と共に、私の身体から、眩い光が放たれた。牢全体が、光に包まれる。男は、悲鳴を上げ、後ずさった。
光が収まった後、私は、自分の身に起こった異変に気づいた。身体の中に、今まで感じたことのない、強大な力が満ち溢れている。
そして、首元に、温かい感触が……。
恐る恐る首に手を当てると、そこには——小さな蜜柑が、ぶら下がっていた。