
十年後に再会した初恋は、今は人妻だった
By 桜井 美咲
romance · 2026-04-23
東雲皐月は政略結婚を控える中、婚約者の兄である榊原悠真のサポートを頼まれる。十年ぶりに再会した悠真は、皐月の初恋の人だった。しかし、悠真はすでに結婚しており、子供も生まれる予定だと告げられる。再会は予想外の展開を見せ、皐月の心は揺れ動く。
第1章
十年後に再会した初恋は、今は人妻だった
「東雲さん、こちらへどうぞ」
重厚な扉が開かれ、見慣れたはずの榊原家の応接間が、今日はやけに広く感じられた。ソファに腰を下ろすと、背筋が自然と伸びる。目の前に座るのは、榊原グループの会長、つまり私の婚約者である颯太さんの父親だ。
「皐月さん、今回の縁談、誠にありがとうございます」
深々と頭を下げる会長に、私も慌てて頭を下げ返す。ミナセ製薬と榊原グループ。互いの会社の未来のため、私と颯太さんの結婚は既定路線だった。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
そう答えたものの、私の心はざわついていた。今日のこの場は、単なる顔合わせでは終わらない予感がしていたから。
「実は皐月さんにお願いがあってな…」
会長はゆっくりと話し始めた。その言葉は、予想通り、私の心を重くする内容だった。
「悠真が…少しばかり問題を抱えておりまして」
悠真さん。颯太さんの兄であり、私の…初恋の人。
十年前に出会い、短い間だったけれど、私の心を強く惹きつけた人。彼は今、榊原グループの重要なプロジェクトを任されているらしい。しかし、そのプロジェクトが難航しており、彼の精神状態も不安定になっているというのだ。
「そこで皐月さんにお願いしたいのは、悠真のサポートをしていただきたいのです。あなたなら、きっと彼の心の支えになれると信じています」
会長の言葉は、私にとって予想外のものだった。婚約者の兄のサポート?一体何をすればいいのだろうか。
「具体的には…」
「悠真と会って、話を聞いてやってほしいのです。彼が抱えている問題を共有し、少しでも彼の負担を軽くしてあげてほしい」
会長の言葉に、私は戸惑いを隠せない。颯太さんの兄と二人きりで会うなんて、許されるのだろうか。それに、十年ぶりに会う悠真さんは、きっと変わってしまっているだろう。
「…わかりました。私にできることがあれば、協力させていただきます」
そう答えるのが精一杯だった。心臓が早鐘のように打ち、手のひらにじっとりと汗がにじむ。
数日後、私は指定された場所へと向かった。都心の一角にある、ひっそりとした隠れ家のようなバー。そこで、私は十年ぶりに悠真さんと再会することになる。
扉を開けると、薄暗い照明の中に、悠真さんの姿があった。スーツ姿ではなく、ラフなシャツにジャケットを羽織った彼は、以前よりも少し大人びて見えた。
「…皐月さん、来てくれたんですね」
悠真さんは静かに微笑んだ。その笑顔は、十年前に私が見た、あの優しい笑顔のままだった。ただ、その瞳の奥には、深い憂いが宿っているようにも見えた。
「お久しぶりです、悠真さん」
私はぎこちなく挨拶をした。言葉が出てこない。胸がいっぱいになって、息が詰まるような感覚がした。
「どうぞ、座ってください」
促されるままに、私は悠真さんの向かいに腰を下ろした。テーブルの上には、グラスに入ったウイスキーが置かれている。彼はそれを一口飲むと、静かに話し始めた。
「…実は、君に会う前に、話しておかなければならないことがあるんだ」
悠真さんの言葉は、私の心をざわつかせた。一体何が始まるのだろうか。私は固唾を飲んで、彼の次の言葉を待った。
「…私、結婚しているんだ」
その言葉は、まるで氷の刃のように、私の胸を突き刺した。結婚…?悠真さんが…?信じられない。頭の中が真っ白になった。
「…え…?」
私が言葉を失っていると、悠真さんはさらに続けた。
「…それに、もうすぐ子供も生まれるんだ」
子供…?私は息を呑んだ。まるで時間が止まってしまったかのように、何も考えられなかった。初恋の人は、人妻だった。そして、もうすぐ父親になる…。
その時、店のドアが開き、一人の女性がこちらに向かって歩いてきた。ふっくらとしたお腹をした、美しい女性だった。彼女は悠真さんの隣に立つと、優しく微笑んだ。
「あなた、誰?」
彼女の視線が、私に向けられた。私は言葉を失い、ただ立ち尽くすことしかできなかった。私の禁断の恋は、始まったばかりだというのに、もうすでに終わってしまったのだろうか…。