ライバルは、甘い毒薬
Chapter 3 — 硝子の指先、熱い吐息
「新堂空さん、おめでとうございます」
アナウンスの声が、喧騒を切り裂くように響いた。二位、榊原悠真。三位、その後に続く名前が淡々と読み上げられていく。空は、自分の名前が呼ばれたことよりも、隣に立つ榊原の、静かにこちらを見つめる瞳に意識を奪われていた。彼の指先が触れた箇所から、じわりと熱が広がっていくような錯覚。それは、数秒前まで彼女が追い求めていた「機能美」とは全く異なる、生々しい感覚だった。
「…榊原さん」
絞り出すような声に、榊原は微かに口角を上げた。その表情は、コンペの勝者に対するものというより、獲物を見定めた獣のそれに近い。空は、彼が自分の過去の図書館設計に言及した時の、あの底知れない眼差しを思い出した。あれは、単なるライバルとしての分析ではなかった。
「君のデザインは、確かに美しい。だが、魂が足りない」
榊原の声が、耳元で響く。彼の吐息が、空の頬を微かに撫ぜた。その熱が、先ほどの指先の熱と共鳴するように、空の全身を駆け巡る。
「魂…?」
「そうだ。君の造形は、完璧すぎる。だから、そこに住む人間が、どう感じ、どう生きるかが見えていない」
榊原は、空の手をそっと握った。その瞬間、空は息を呑む。彼の指先は、驚くほど熱く、そして滑らかだった。まるで、磨き上げられた硝子細工のよう。だが、その内側には、燃えるような情熱が秘められているかのようだった。
「君の図書館は、静かすぎる。もっと、本のページをめくる音、子供たちの笑い声、囁き声…そんな『生』の響きを、空間に刻むべきだった」
榊原の言葉は、空の胸に深く突き刺さった。まるで、彼の言葉一つ一つが、空の設計図に直接書き込まれていくかのようだ。彼女がこれまで信じてきた「設計」というものが、揺らぎ始めた。
「俺は、君に、デザインの『使い方』を教えたい」
榊原が、空の手を握ったまま、顔を近づける。彼の漆黒の瞳が、空の瞳に吸い込まれるように見つめ返してきた。その距離は、あまりにも近く、空の心臓は激しく脈打つ。
「君という才能が、ただの『箱』で終わってしまうのは、あまりにも惜しい」
榊原の言葉に、空は反論できなかった。彼の言葉には、痛烈な批判と同時に、彼女の才能を認め、引き上げようとする、奇妙な熱意が込められていた。それは、宿敵であるはずの彼が、決して見せるはずのない表情だった。
その時、会場の入り口に、見慣れた顔が立っているのが見えた。空の大学時代の恩師、そして、今回のコンペの審査員長でもある、藤堂教授だ。彼は、驚いたような、あるいは非難するような表情で、こちらをじっと見つめていた。
榊原は、空の視線の先にいる藤堂教授に気づいた様子もなく、なおも空に顔を近づける。彼の唇が、空の耳元で、微かな声にならない言葉を紡いだ。その声は、熱い吐息と共に、空の鼓膜を震わせた。
「さあ、空。君の『魂』を、俺に見せてくれ」
その瞬間、藤堂教授が、空に向かって、まっすぐに歩き始めた。