紅茶に溶けた前世の記憶

Chapter 3 — 硝子の花瓶に散った血

舞踏会場は悲鳴と怒号で満たされ、華やかな音楽は不協和音へと変わった。

「アメリア様!」

侍女たちの悲鳴が、倒れ伏したアメリアに集まる。彼女の純白のドレスは、みるみるうちに深紅に染まっていた。その中央、胸元には血塗られた短剣が突き刺さっている。

イザベラは、その光景をただ立ち尽くして見つめていた。ゲームの知識があれば、この後の展開は容易に想像できる。アメリアの容態が悪化し、犯人捜しが始まり、そして――私は、アメリアを陥れようとした悪女として断罪される。

「そんな…!まさか…!」

隣にいたエドワード第一王子が、信じられないという表情でアメリアに駆け寄ろうとする。しかし、王宮騎士団長によって制止された。

「殿下、おやめください!現場は汚染されたかもしれません」

騎士団長は鋭い視線で周囲を警戒し、そして、その視線がある一点で止まった。それは、イザベラのいる方向。

(あの視線…!まさか、私を見ている?)

先ほど感じた冷たい視線と同じだ。確信は持てないが、胸騒ぎが収まらない。

「イザベラ様?」

リリーが不安げな顔で私の腕を掴んだ。

「大丈夫、リリー。少し、気分が悪いだけ」

私は努めて平静を装い、リリーの手を優しく握り返した。しかし、心臓は激しく高鳴っている。

国王が、国王陛下が広間に入ってきた。その顔には深い怒りと悲しみが浮かんでいる。

「アメリア!誰がこのような非道な真似を!?」

国王の声が響き渡る。貴族たちは皆、恐怖に顔を引きつらせていた。

(ここで私がどう動くかで、未来が変わる…!)

破滅エンドを回避するためには、ただ怯えているだけではダメだ。自ら動かなければ。

私は意を決して、国王に歩み寄った。

「陛下、これは…」

言葉を紡ごうとした、その時。

「お待ちください、陛下!」

聞き覚えのある、しかし今は冷たい響きを帯びた声が響いた。振り返ると、そこに立っていたのは――

「アメリア様……!」

アメリアだった。彼女は、胸の傷を押さえながらも、ゆっくりと立ち上がっていたのだ。その手には、先ほどまでアメリアの胸に刺さっていたはずの短剣が握られていた。