二人だけの秘密を、月だけが知っている
Chapter 3 — 月明かりの下、触れた指先
雨はいつの間にか止み、分厚い雲の隙間から朧げな月が顔を覗かせていた。車のヘッドライトの眩しさが、二人の間に張り詰めた静寂を破る。真白は息を呑み、咄嗟にレンから手を離そうとしたが、彼の指は離さない。むしろ、その握る力は一層強まった。
「誰…?」
真白の声は微かに震えていた。背後から迫る気配に、逃げ場がないことを悟る。レンは真白を庇うように一歩前に出ると、車のヘッドライトの光の中に立つ人物を見据えた。
「…やはり、来たか」
レンの呟きは、驚きと諦めが入り混じった響きを持っていた。月明かりに照らされた車のフロントガラスの向こうに、影のような人物が見える。そのシルエットは、真白にも見覚えがあった。
「レン…?」
真白がレンの腕にそっと触れると、彼は小さく頷いた。車のドアが開く音が響き、一人の男性がゆっくりと姿を現す。その顔を見た瞬間、真白の心臓は凍りついた。
「お兄ちゃん…!」
そこに立っていたのは、真白の兄、弥生だった。彼の顔には、怒りとも悲しみともつかない複雑な感情が浮かんでいる。どうして、ここに…? 真白は混乱し、言葉を失った。
「真白、お前、レンと…」
兄の声は、静かに、しかし力強く響いた。レンは、真白の隣に立ち、兄の言葉から彼女を守ろうとしているかのように、その肩をそっと抱き寄せた。その仕草が、弥生の目にどう映ったのか。彼の表情が、さらに険しくなる。
「レン、俺たちの約束を忘れたのか?」
弥生の言葉に、レンは静かに顔を上げた。彼の視線は、兄のそれとまっすぐに絡み合う。真白は、二人の間に流れる重苦しい空気に、ただ立ち尽くすしかなかった。兄が、レンにそんな約束をしていたなんて、全く知らなかった。
「…約束、ですか」
レンの声は、いつもの柔らかな響きを失い、硬質な響きを帯びていた。月明かりが、彼の顔に深い影を落とす。真白は、これから何が起こるのか、全く想像がつかなかった。兄の怒り、レンの決意、そして自分自身の揺れる心。全てが、この静かな夜に、奔流のように押し寄せてくる。
弥生は、ゆっくりと真白に歩み寄った。その目は、真白を問い詰めるようでもあり、哀願するようでもあった。
「真白、お前は…」
その言葉が終わる前に、レンが弥生の前に立ちはだかった。
「弥生さん、彼女をこれ以上傷つけないでください」
レンの言葉は、真白を守るための、そして、自らの気持ちを隠さないという、静かな宣戦布告にも聞こえた。弥生の顔に、怒りの炎が宿るのが見えた。真白は、兄とレンの間で、引き裂かれそうになっていた。