BLを発明した国は、もうその中心ではない

BLは日本が一九七八年に発明した商業ジャンルだ。三〇年後の二〇二四年、市場の中心は韓国Webtoon・タイBL産業・米国licensorに分散した。発明者・日本の現在地を市場データから読む。

林みずき · 11 分で読める ·
BLを発明した国は、もうその中心ではない — トレンド

2024年、日本の電子コミックアプリで最高売上を記録したのは『ピッコマ』だった──韓国カカオエンタテインメント傘下のプラットフォームである。同サービスの二〇二三年年間取引金額は約一〇〇〇億円、単一サービスとして世界で初めて一〇〇〇億円規模に到達したデジタルマンガサービスとなった。配信作品の中心は韓国発のウェブトゥーンであり、その中にはBL(ボーイズラブ)作品も大きな割合を占める。

同じ時期、矢野経済研究所は日本国内のBL市場(マンガ・ライトノベル・同人誌・関連商品を含む)について調査レポートを発刊している。日本国内の商業BL市場は健全な中堅規模で安定している──だが、別の場所で別の経済規模が動いている。

「BL」というジャンルが日本の発明であることは間違いない。一九七八年の『コミックJun』(後にJUNEと改題)の創刊)、一九九三年の『Magazine Be × Boy』創刊──商業BLとしての形は、すべて日本で初めて立てられた。だが、その三〇年後の現在、ジャンルの中心は日本にない。

BLを発明した国は、もうその中心ではない。

商業BLの起源日本が立てた形式

まず、日本がジャンルを発明した三〇年前を見る。

一九七八年一〇月、雑誌『コミックJun』(後にJUNEと改題)が創刊された。少年愛・男性同性愛をテーマにした商業誌としては最初期の試みであり、マンガに加えて文学・美術・映画批評を併載する美学雑誌的構成が特徴だった。同人誌界に閉じていた少年愛美学を、商業流通網に乗せた最初のステップだ。

しかし「商業ジャンル」として確立したのはその一五年後である。一九九三年一一月、ビブロスが『Magazine Be × Boy』を創刊した。専業BL雑誌の登場で、出版各社が次々と専業BLレーベルを立ち上げた──徳間書店『キャラ文庫』、海王社『ガッシュ』、双葉社など、九〇年代後半から二〇〇〇年代前半にかけて専業BL文庫レーベルは爆発的に増えた。

ジャンルが構造的需要として確立した証左は、その一三年後にやってきた。二〇〇六年四月、ビブロスは東京地裁へ自己破産を申請)した。専業BL最大手の崩壊である。だが事業は消えなかった。アニメイト・ムービック・フロンティアワークスの共同出資により同年五月にリブレ出版が設立)され、BL事業全体を承継。『Magazine Be × Boy』も同年七月号から復刊した。業界最大手の破綻という最も厳しい試練でも、再構築されるだけの構造的需要を獲得していた──ここで日本商業BLは、特定作家・特定出版社に依存しないジャンルとして自立したと言える。

この三〇年で日本商業BLは三つの形式的特徴を獲得した。マンガとライトノベルの双方向展開。ドラマCD・舞台化・アニメ化への媒体横展開。同人発作品を商業に吸収するパイプライン。それぞれが現在のBL産業の基本形式として定着している。

日本は形式を発明した。その形式が世界で再発明されていることは、別の話だ。

国際市場の独立進化翻訳ではなく現地生産

次に、国際市場が日本BLとは別軌道で進化した経緯を見る。

二〇一〇年代前半まで、北米市場は「日本BLの翻訳輸入」という単純な構図だった。Yen Press、SuBLime、Digital Manga Publishing──いずれも日本商業BL作品の英語ライセンスを軸に事業を展開していた。

その構図が崩れ始めたのが二〇一〇年代後半である。

二〇一六年、タイで小説『SOTUS』(著者Bittersweet)を原作にGMMTV製作の連続ドラマが放送された)。原作BL小説の純粋なタイ現地生産だ。これは日本BLの翻訳ではなく、タイBL産業の出発点となった。同作のマンガ版は二〇二一年から二〇二二年にかけて日本で日本語版として刊行され、二〇二三年Yen Pressが英訳版を刊行する──タイ原作BL小説が、日本市場と英語圏市場へ逆流して入ってきた最初の本格事例である。

同じ二〇一〇年代後半、韓国でWebtoon形式のBLが台頭する。Lezhin Comicsが成人向けプレミアム課金モデルでBLを大量供給、TappytoonとTapasが並走。二〇二三年時点で世界のウェブトゥーン市場は約八二・八億ドル規模に達し、その重要な構成要素として韓国BLが組み込まれた。日本BL業界とは異なるフォーマット──縦スクロール・カラー・週次更新──を採用した独自進化である。

国内市場と海外輸入の逆流ピッコマ現象

そして、日本国内市場側で起きていた事象を見る。

二〇二一年から二〇二四年にかけて、日本国内の電子コミックアプリ市場で起きていたのは、別の経済の話だった。

カカオエンタテインメントの『ピッコマ』は二〇二一年に第三者割当増資で六〇〇億円を調達し、企業価値八〇〇〇億円超と評価された二〇二三年には年間取引金額一〇〇〇億円を突破、単一サービスとして世界初の規模に達した。配信作品の中心は韓国発ウェブトゥーンであり、BL作品はその構成要素として大きく位置づけられている。

ピッコマの取引金額一〇〇〇億円のうち、BL作品が占める割合はカカオ社が公式に分節データを開示していないため、正確には追えない。日本のBL読者層が韓国Webtoon全般をどれだけ消費しているかも、同様に直接データではない。だが構造的に確かなことが二つある。一つ──日本のデジタルコミック消費の最大プラットフォームは、もう日本国内出版社のものではない。もう一つ──そのプラットフォームの作品供給は、日本BL産業が三〇年かけて構築した媒体横展開システム(マンガ・ライトノベル・ドラマCD・舞台化)とは別の生産形式である。

これは「翻訳輸入」とも違う。発明者の国の市場で、別の生産形式が並走している──それが二〇二四年時点の構図だ。

発明された場所と、現在中心が動いている場所は、もう同じではない。
発明された場所と、現在中心が動いている場所は、もう同じではない。

中心ではなく、参加者であるそして文壇の時計

ジャンル発明から三〇年が経って、日本のBL産業は健全な国内中堅市場として安定している。だが商業BLの実験場・先進地は、もう日本ではない。

韓国のウェブトゥーンがプレミアム課金モデルでBL生産形式を再発明し、タイのBLドラマがアジア圏輸出ハブを形成し、北米のYen PressやSuBLimeが日本BLとアジアBLを並列で扱う──二〇二四年時点の地図上で、日本は「最初の発明者」ではあるが、「現在の中心」ではない。

「悪役令嬢の十年」で示したのは、業界が国内女性読者層を後追いで承認する時計だった。BLが示すのは、その業界自身が、グローバル市場のジャンル再発明を後追いする時計だ。同じ承認の遅さが、別の軸で繰り返されている──そして二つ目の時計の針は、まだ動いている途中だ。

執筆:
林みずき
ライトノベル市場と女性読者層の構造分析を専門とする。物語のジャンル論ではなく、流通・出版社・読者層の関係性から作品の意味を読み解く。